クレカ限界突破。現実逃避して サンドウィッチマンYouTubeをみてた僕が 復活した物語

 

なんで動かねえのかなあ…
なんでこうもうまくいかねえのかなあ…
なんでこんなに情けないのかなあ…
なんで僕は成功者と違うのかなあ…
なんでやる気あるのに動かないのかなあ…
なんで僕は稼げないのかなあ…

 

僕は自分にずっとそう思って来ました

 

自分を責めて、
自分の可能性を否定しまくり、
未来の自分なんて1ミリも信じられなかった

 

そんな過去の僕が

『どうやって1年間で人生を変えて来たのか』
『具体的に何がきっかけで変われたのか』
『どんなことでゲロ悩み、どうやって解決して来たのか?』

 

そんなことについて話していきます

前置きはこれくらいにして、
早速始めていきましょう。

未来の可能性を信じるあなたに
今絶望の淵にいるかもしれないあなたに

 

一つでも学びがありますように…
それでは、物語の始まりです…

 

嫉妬まみれで努力から逃げまくっていた高校3年間

高校までの僕は、
行動していない事はないけど
何かやり切った経験があるわけでもなくて自信がない

勉強をやってもそこそこ
運動をやってもそこそこ
特に趣味がなければ得意なこともない

突き抜けた結果を出したことがなくて
頑張ってる人を見るとすぐに嫉妬していた

そんな僕が特に特に特にコンプレックスだったのは
高校生の時の同じ部活のキャプテンが
めちゃくちゃ頑張ってていい人だったことだ

彼をA君としよう

A君は

成績優秀
男前
スポーツ万能

さらに…その子は目の前の事に一生懸命頑張る力を持っていて
「男から見ても頑張れるめちゃくちゃかっこいい人だった」

めちゃくちゃダサくて当時は1個も認められていなかったけど
いま思うと正直…嫉妬していたように思う

嫉妬するくらいなら頑張ればええやん。
ランニングとか筋トレとか頑張って上手くなって、
一生懸命部活やり切ればええやん

って思うかもしれないけど、当時の僕は
「一生懸命頑張ってるやつはダサい」というものだった

「部活動」という一生に一度しかない
一生懸命取り組むための最高の場所だったのに
今一つ頑張り切ることができなかった

そしてそんな僕は自分は「プライドが高くて頑張り切れないんだ」

という事すら認めることもできない鬼ダサい人間だった

そしてそんな高校生当時の僕がマジで死ぬほど悔しかった経験がある

高校生の当時、僕の頭の中には
「モテたい」「S〇Xってどんな感じなんかな?」「はよ帰って寝たい」
という本能丸出しのどこにでもいる高校生だった

そんな僕にも好きな女の子がいた

ちょっと背が高くて、顔がちっさくて、髪はロングとしょーとの中間くらい
スタイルも良くて、学年の中でもマドンナ的な存在
めちゃくちゃモテてた記憶がある

クラスが一緒で席が近かったことがあったので、
色々喋っていて僕もその子の事が好きになった

しかも、クラスの男子の中でも結構仲良くできてたので
「いけるんじゃないの?」
的な良い雰囲気になったりもした…

しかし…僕が一番恐れていた事態が起こったのである

当時の僕にとってはまさに地獄

自分が好きな女の子がそのキャプテンにぞっこんになったのだ
僕が一番嫉妬していた人の事を好きになった

・顔がかっこよくて
・勉強ができて
・スポーツができて
・部活ではキャプテンもやっていて
・何より…彼の資質のほとんどは努力家で頑張り屋さんなところから来ている

僕が勝てる要素なんて身長が1センチ高いくらいである
書いててめちゃくちゃ恥ずかしい気持ちになってきたけど、
「御託はいいから頑張れ」って当時の僕には言いたい

でも、頑張れなかった。努力ができなかった
部活や勉強に打ち込もうと思っても打ち込めなかった

そして代わりに僕がしていたのは
「頑張っている人への批判。嫉妬している人への批判」だ

僕はめちゃくちゃださい人間だった

とにかく、自分より優れた人間、
もしくは頑張ってる人の事を批判したくなる

「あいつまじできもいわ。すかしとる」
「顔がええからモテるんやろ」
「勉強できるからって何調子乗ってんねん」

と聞くに堪えない批判を繰り返して超絶しゃばい行動を繰り返していた

すかしとるのはおめえだよ

そして自分が少し人よりできることがあると、
今度はできない人の事を馬鹿にしたくなる

「あいつ頑張ってるのに勉強できひんの?ダサ」
勉強してねえし頑張ってねえしそれを批判してるおめえの方が100万倍だせえよ

と思う

当時の僕が陥っていたのは

自分が頑張ってない

頑張ってる人を見ると羨ましくなる

承認欲求が満たされないので叩いて仲間を作って承認欲求を満たす

低俗な承認欲求に流されてさらに人を叩いて努力しなくなる

というループだった

そして、マドンナさんがA君にぞっこんになったとき心の中では

「ちくしょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

状態。もうマジでまじでまじで悔しかった
振り返ってもらおうと思うもまったく振り返ってもらえず、
「人間として」負けた感が半端なかった

いやもう、顔とかそういう次元で好かれてないんじゃなくて
人としての魅力がないし考え方とか行動とか、
自分の現状を認められずになにもできないそのプライドとか

まじでくっそシャバ僧
シャバシャバのシャバである

そしてその頑張ってる人を見返したくて頑張ろうと思うも
普段から頑張ってない僕は

「頑張ってやるぞおおおおおおおおおおおおお」
と思って普段よりちょっと筋トレを頑張るも
3日たてばその気持ちも忘れてしまい
頑張り切れずガス欠

人間そんなものなのである

「頑張りたい」と思って頑張れればわけない
頑張りたくても頑張れないから困っているのだ

当時の僕は自分の事が全く分かってなかったし、

「1人で頑張れば何とかなる」
「僕にはポテンシャルがある」
「もっとやればできるはずだ」

という考えを持っていた

確かにそれでうまく行けばいいんだけど、
その気持ちを持っていていくら覚悟があっても
「そんなのには100回以上裏切られてきた」
というのが現実である

その気持ちだけで苦労できたら苦労ないなあ…
と今思うと本当に思う

そして挙句の果てには僕がめちゃくちゃ好きだった学年のマドンナ的な子に

「かつきん君はあんま頑張ってないけどA君はなんかキラキラしてるよね…」

キラキラしてるって
なんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

ちちちちちちちちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお…

キラキラしてる…キラキラ…なんだよ…分かんねえよ…

…僕は絶望に打ちひしがれていた

素直に自分ができてない事を認めて努力して、
変わろうと頑張ればいいものの
エベレストの様に高いプライドが邪魔をして
ただ頑張ることすらできないコンプレックスまみれの高校生時代だった

1日でトイレ掃除172個。トイレには神様が住んでいた

そしてそんなコンプレックスまみれで何一つ頑張り切ったことのない
僕が頑張り切れるきっかけとなった出来事が

「意味ないかもしれないと思いながら大阪梅田の百貨店のトイレ掃除を1日で172個。
トイレ掃除の用具がなくて素手でもやりぬいたとき」
である

詳細を話すとめちゃくちゃ長くなるので
当時の話はこちらを読んでいただけると嬉しい

トイレの神様レポート

トイレ掃除をした当時の僕の状況を話しておくと

・年収1億越えで、その教え子も年収1億越え続出という指導力抜群の一流の経営者の方にコンサルを受けている

・言われたとおりに言われたことをやれば成功できるなんてめちゃくちゃカンタンなことは分かっているけど行動できない

という状況だった。

僕のこのときの感情を書き出しておくと、

・どうせ僕よりも頑張る才能があるんでしょ。しかもビジネスの才能も僕よりある人ばっかりで僕なんか成功するわけがない

・やってもやっても上手くいかないし同じ失敗を繰り返している。でもそれに自分では気づくことができず、師匠の力も頼ることができない。ずっと一人で闇の中を漂っている感覚

・とにかく現実を見るのが嫌で、「頑張らないといけない環境」が用意されると逃げまくる。そうやって環境を変えればいい事なんて自分が一番分かっているけど「頑張ってる人」に対してものすごく引け目があって行動できない(実際師匠側は何も思ってないのに自分が人を馬鹿にしてきた反動がそこでやってきて自分で自分の足を止めていた。むしろ頼ってほしかったと思う)

・頑張れないから自己肯定感が低くなり。自己肯定感が低いから「何で僕には行動1つできないんだろう」「何で何をやっても上手くいかないんだろう」という思考が頭の中を堂々巡りしていき本当にしんどい。何をやっても上手くいかない気持ちが続くし、人から否定されると「自分には価値がない」と強く思うようになり頑張りたいけど頑張れない。悔しい気持ちがあるのにどうすればいいのかなんてわからないし、「こっちは頑張ってるんだよ!」「いろいろ工夫してるんだよ!」という気持ちになって他の人の事を素直に頼ることができない。そしてさらに行動できなくなり鬱っぽい気持ちが続いていく。人と話している時は少し気が楽になるもののそれもつかの間。1人になった途端にマジでしんどくなったり人生に絶望感を感じたりするようになる

という感じでとにかくひどい状況だった

後からこの症状を調べてみると「学習性無力感」と言う症状で

「強いストレスの回避困難な状況に置かれた人はその状況から逃れようとする事すら行わなくなる」と言うものだった

学習性無力感の実験でこんなものがある

Aグループは部屋内のパネルを押せば電気ショックが回避できる状況を経験した犬

Bグループは回避できない状況で無抵抗に電気ショックを受けた犬

 この結果、Aグループはパネルを押せば電気ショックを回避できることを学習し、Bグループは最終的に何の抵抗もせずに電気ショックを受けるようになる。

 それだけでなく、2匹の犬をしきりを飛び越えるだけで電流から逃れられる部屋に移したところ、Aグループは早々に仕切りを飛び越えたのに対し、Bグループは何の行動も起こさない。

僕の場合はまさにこんな状態で、

「行動すればいいと分かっているけど」それが無駄だと思うし何をやっても上手くいかないイメージがついている

「環境を変えれば人は変われる」と頭では分かってるけど行動に移す事はできないし、
やっても無駄だというのを強く感じるようになっている

自分の中では「頑張っても頑張っても結果が出ない」という事が繰り返されて、
本当にしんどくなっている

こんな状況。今思うとこのままだったら本当に危なかったし、
ここから自分で自分の状況を認知して「変わろう」って思うことができたのは
本当に大きかったように思う

そして僕が「電気ショックが流れない部屋に飛び込んだ」のが
大阪梅田駅のトイレ掃除を1日で172個やる。という行動だった

当時、「何かわからんけど色々変えないとやばい」
と強く感じて行動しても意味がないと思っていた僕は

「まじでそんなことやっても意味あるんか…もしかしたら意味ないかもしれないし…意味あるかもしれないし…うううううう」

「でも…このままでは変われないし…どうしよう…どうしよう…どうしよう…やってみるしかない…」

という脳内の葛藤があった

ここで僕が変われたのは「自分の意見はマジであてにならない」
という事を考えていたという事

当時は学習性無力感って言葉は「知ってはいるけど自分が学習性無力感だ」
なんてことには気づいてなかった。だからその解消法なんて知らない

でも僕はこのとき、サンドウィッチマンのYouTube見てダラダラしてたやつに
「お前そのままでいいよ」って友達に言われてたら僕なら話聞かないし、
変わりたいと思ってるのにそんなやつのいう事聞いても意味ないというのは知っていた

…だから当時の僕の意見だけは絶対に当てにしてはならないと思ったのだ

変わらなきゃいけないって事だけは自分で気づいていたし、
あとはどうすれば変わるか?ってのを実行するだけだった

で、学習性無力感を突破してきた人の話を聞いて、
実際にやってみると…とんでもないくらい変わる

トイレ掃除とかぶっちゃけ、
ビジネスでは1円の利益も生まないし何の意味もない

というかクレカが止まりそうないま、
ビジネスで結果出さなきゃいけないし、
それを変えるための行動をとらなきゃいけないんだよ!

と思っていたからこそそこに踏み出すのには躊躇があったけど、
その「結果を出さねばならない」という焦りも
今思うと大きな敵だったように思う

でも、今ならわかるけどその焦りの気持ちは本当に分かるし、
お金稼がなきゃいけない気持ちもよくよく分かる

明日クレジットカード止まっちゃう状況だもんね

でも、もし今僕がその当時の僕に声をかけるのであれば
「焦らなくていいよ。稼げてなくても大丈夫。そこから絶対変われるから

本当に変わりたいならこれまでの延長線上の行動をとっちゃダメ
その代わりに1回でいいから思いっきり行動してみて

それが物凄く勇気に変わるし自信にも変わるから
その行動は絶対に無駄にはならないよ」

と言う。これは本当に大事な事

今悩んでる事なんて、未來それを変えた僕からしたら
大した問題ではないという事

ビジネスで結果を出したいと思って結果を出すための行動をとり続けているのに
(コンテンツ作り続けるとか、フロントエンドバックエンドとりあえず作るとか)
それで結果が出てないなら、

「ビジネス以外の自分の行動面にこそ見えてない変化のきっかけがある」
という事

当時の僕であれば「何であれ1つの事に集中して思いっきりやり抜く」
という事が僕の事を絶望の淵から救ってくれた

トイレ掃除様様である

特に気を付けてほしいのは
「そんなことやっても利益出ないでしょ」「売上でないでしょ」
って言うこの言葉は行動できていない時は本当に危ない言葉である

売上上げるための行動が分かってるけどできないのであればこの言葉は毒

自分自身が学習性無力感にはまっているけど、
それが認知できていない人が使ったりする言葉なので
絶対に真に受けてはいけない

売上なんてどうでもいいからその後の人生を好転させる一手を
1日だけ使って打ってみてはどうか?

と、僕は思う

焦りがあるのはすごくわかる
僕も何をやってもあせっていたから。

でも遠回りに見える道が実は一番近道であり、
成長のきっかけだったりする

そして僕はトイレ掃除を全力でやる事で変わることができた

トイレ掃除をすることが大切なのではなくて、

・何でもいいので目の前の事1個集中してとにかく一心不乱にやり抜いてみる
そして「僕でも達成できるんだ」って経験をつける事
成功体験を積んで自信をつける事

これが物凄く大切なのだ

もし仮に僕が当時の僕に伝えるのであれば、

焦ってるかもしれんけど売上上げる行動に走ったらあかんで
売上なんてやり切って自信つけて「何でもできる」って状態に入れば、
いくらでも上げることができるから

ってことである

 

1日でブログ20記事。33598文字作成した時で限界突破。そして売上5倍に

学習性無力感を吹き飛ばした後に身についた感覚は、
「やり切ったらめちゃくちゃ自信がつく」という事

ただ1日で馬鹿みたいにトイレ掃除しただけだったけど、
でもそれでもやり切ったらあり得ない自信がつく

自信があると稼げるわけではないけど、
「成功するまで絶対にあきらめない」というメンタリティになるので、
長期的に見ると絶対に成功する

成功するまであきらめない自信があるわけなので、
そのままやり続ければいずれ成功している

トイレ掃除をした経験から僕は

・1日でブログを20記事書く
・1日でツイートを200個作る
・1日でメルマガを23通書く

これを3日続けてやってみた

ちなみにだけど、1日でブログ20記事書く方法なんて僕は知らなかったし、
思いついてもいなかった

でも、「変わりたいならやるしかない」と思って、
1日でブログ20記事書くのを絶対に「やる」と決めてやってみた

このとき1日で書いた文字数は33598文字
明らかに過去最高の文字数だった

こうやって1回でもやり切ったことのある人間は本当に強いと思っていて、
このチャレンジをしてから大きく変わったのは

「本気でやろうと思ったことは何でも達成できる。
答えが分からなくてもやり抜くと決めたらやる方法が分かるようになる」
という感覚が身についたこと

それまで僕はせいぜい

・1日ブログ2記事かいたらOK (大体1日で5000字くらい)
・ブログそんなにたくさん書く事に意味があるの?とやる前から懐疑的
・そもそも僕にそんなことできるの?どうすればいいか分からない。どうすればできるんですか?とやる前から疑問まみれ。方法論ばっかり気にしてやり切らない

と言った感じだった。

でも、ブログを1日で20記事書いたときに気づいたことは

・1日20記事書こうと思ったら絶対に書くことができる(1日で33598文字)
・書く方法が全く分からなかったのでできる方法をとにかく考えまくるようになる
・ブログ20記事書くと「決断する」からできるようになるのであって、方法論をまず考えても意味がない事に気づく。決断が先。方法が後。昔の僕は方法が先。決断が後。って感じで方法論ばっかりに目が言っていて挑戦しようとしていなかったことに気づく

大切な気づきで言うとこんな感じ

特に、やる前から

・どうやってやるんですか?
・何でやるんですか?

と知りもしない方法論ややる理由を探すふりをして言い訳ばっかり探して
決断しようとしていなかったのは勿体なかったなと思う

火事場のバカ力とか言うけど、
人間は締め切りと負荷があると「ノルアドレナリン」
という本気ホルモンがドバドバ出て
それが自分の最大限のポテンシャルを引き出してくれるようになる

最初にブログ20記事書いたときは

「今日の23時59分までにブログ20記事書き終わらせます。
終わらなかったら罰金30万円支払います」

と負荷と期限を作ってとことんやりまくっていた

20記事書くとか数をやるのが大事とかそういう事が言いたいのではなくて、
「今の自分にはできない」って思ってる事を全力でやり抜くこと自体に価値があって、
その過程で「自分の本当の本気」を知ることができるようになる

なのでやり切った経験がない人に一番最初におススメするのは
「1日でブログ20記事書く」
という事である

逆に一番もったいなかったなあと思うのは

・そんな適当な感じで書いた記事はどうせ消すことになるしムダ
・自分にはできるかどうか分からないから「できるようになってからやろう」的な発想がある

この辺は勿体なかったなあと思う

書いた記事が消されることになるのが無駄

やり切った経験と体験が残り、自信が残るようになる
もし仮にその記事が全部無駄になったとしても
「また書けばいいや。1日で終わるし」くらいに思っている。

記事を書くハードルが圧倒的に下がって完璧主義にもならないし、
行動できないつまりがなくなる

あとこうしてやり切った経験があると
「頑張ってる人」に嫉妬しないようになる

頑張ってる人に嫉妬してるときは大抵自分が頑張ってないとか、
やり切れていない時だけど、嫉妬や批判と言った悪い感情がなくなって

「自分がいまできる事に集中して生きる」
という感覚が身につくようになる

自分の人生を自分でコントロールできている感覚があって、
ビジネス以外の面でもストレスなく行動できるようになるし、
その気持ちの余裕が結果的にビジネスを伸ばす事にもつながる

今はできないからできるようになってからやろう的な発想になる

この考え方だと一生できないままだという事に気づく
挑戦と言うのは「今できていない事」に挑戦するから挑戦なのであり、
できる事をいくら続けていても行動はできない

逆に言うと一回でも
「今の僕にはできないかもしれない。でもできてる人がいるなら必ずできるようになる」
という最初のハードルを飛び越えていくと

「次もし何かできない事が出てきてもまた出来るようになる」
という感覚になるので行動への不安感や焦りが消えて、
今目の前にある状況を好転させる事だけに集中することができるようになる

結果的に「いつの間にか」自分の状況が良くなっていて、
それがまた自信に繋がっていく。

力を入れて頑張っているというよりも、
「普通に今できる事に集中していけば人生が変わる」
という事を明確に認識できるようになるしそれ自体が自分の日々の生き方に繋がる

ブログ20記事書くのはちょいとしんどいと思ったけど、
やり切る経験を作る事ができたのは本当に大きかった

そして、結果的に自分のビジネスの結果が

最高売上69万円

349万円

に跳ねることができた

ただ、今思うとこれはめちゃくちゃ反省する方が良かったなという部分もある

・結果が跳ねること自体に価値を感じていたけど、実際はそれほど重要ではなかった

東大に入った…でもそこから勉強する意味や頑張る意味を見失った…
燃え尽き症候群になった…

という人がいらっしゃるように僕も

自分があり得ないと思っていた目標を達成できた…これから何を頑張ろう…
となって燃え尽きてしまった感があった

結果を出す事も重要だけど、それよりもっと重要なのは

「自分がどんな人間になりたいか?」
ってことを見据えながら行動していく事

僕だったらその時の目標が「自分では思ってもないあり得ない結果を出せるし、
その結果を出すまであきらめない人になる事」

が当時の目標だったので、それが達成できて燃え尽きてしまった

今の目標としては、

「自分では思ってもないあり得ない結果を出せるし、
その結果を出すまであきらめない人になる事。

そしてその日々が日常になって当り前に毎日のように
自分の夢や目標に向かって行動することが習慣化できている人になる事」

が目標なので行動が継続できるようになっている

月100万円達成する!
と決めてやってみてできたものの、そこから行動が継続しなかったり、
僕がよく聞くのは「仕組み化できてある程度収入が入るようになって行動しなくなった」
と言うもの

自分の目標月収とかを達成してそのまま放っておくと、
ガス欠になってエネルギー低くなって行動できなくなる

その後僕が更にやっていた失敗としては
「自分を奮い立たせて行動するぞ!頑張ってやるぞ!」
と意気込んで行動して3日くらい頑張ってその後ガス欠

みたいになる事

行動しなきゃいけないってのは分かってるけど、
中々継続でいない状況が続いていた

「継続できない」ってことがコンプレックスというか、
その継続できない事に対して学習性無力感が発動していた感じ

行動できていない状況を打破するには、
「徹底的に1個の事に集中して取り組んでみる」
というのが物凄く重要だけど、

「行動しまくったらまた反動で行動できなくなるんじゃないか」
というのが怖くて行動できていなかった

あと、自分の退路を断つことを異常に恐れていた
達成できないかもしれない…という恐怖感が常にあって、

「何かを達成する事」を目的に据えて行動していた感じ

でも、さっき言った通り「達成する事」自体はものすごく幸福度が高いし、
インパクトもあるけどそれよりもっと大切なのは

「仮に失敗したとしても達成するまであきらめない人になる事」
だと思っている

この方が明らかに行動が継続するし、
長期目線で見る方が重要度高い

なので、もし仮に挑戦してできてない事は何も悪い事ではなくて、
次に同じ試練が来たときに達成するための布石に過ぎない

と思っておくくらいが丁度いいんじゃないかと思う

やり切って頑張って燃え尽きる気持ちもよくわかるけど、
常にその一歩先を見据えて行動していおく事

精神と時の部屋作業会開催。毎日スーパーサイヤ人状態

そして自分が望んだとおり最後の
「あり得ないと思っていた行動がいつの間にか習慣化している」
というステージに入ったのが「精神と時の部屋作業会」を一人で
静岡の御殿場で開催していた時だった

第一回、精神と時の部屋作業会を開催した時は1週間で

・ブログ37記事
・YouTube動画42本
・メルマガ10通
・ツイート160個以上
・公式LINE41通
・企画2個作成
・セールスレター1枚(リライトします)
・本10冊読破
・インプットのためのメール講座100個以上読破(正確な数は覚えてません…)
・公式LINE・ブログ・YouTube・Twitter全部の導線を修正 etc

この作業量をこなしていた

正直、ダラダラ過ごしていた時の僕が観たら
「まじで?!」って思うような量をこなしているけど、
普段からやり切る経験をつけていくとどんどんできるようになる

もうこのときは

・集中して1日中コンテンツを作り切る事
・自分が限界だと思っている事は大抵限界ではない事
・やると決めたらやり切れるようになる事
・自分の人生を自分でコントロールできている感覚があるので自信があって結果的に行動力が高くなる事

と言ったことは習慣になっているので、
歯磨きしている感覚で行動しているようになる

特段頑張っているつもりもないし、
力を入れて「やらなきゃ!やらなきゃ!」と思っているわけでもない

力を抜いて普通に行動していたらそうなった
みたいな感覚

ただ、もちろん最初からそうだったわけではない

僕の場合は

===

全く何も行動できていない

初めて1個のことをやり切れるようになる(トイレ掃除)

自分では不可能だと思ったことをやり切れるようになる

あり得ないと思った行動がいつの間にか習慣化している

===

と言ったように自分の行動が進んでいった

その時の気持ちの変化も書き出してみると

===

全く何も行動できていない時に思っていたこと

・どうせ僕なんかにはできるわけがない
・やっても無駄だから行動はしたくない
・何をやってもうまく行く気がしない
・そもそも環境を変えたり行動をすることが物凄くメンドクサイ
・頑張っている人に対してものすごく嫉妬心がある
・頑張っている人を見たり、そういう環境を見ると「自分なんかにはどうせ…」と引けた気持ちになって余計に行動することから遠ざかっていく

初めて1個の事をやり切っている(トイレ掃除をやっている時)に思ったこと

・行動していない自分のいう事聞いてもたぶんいい事ないから自分より行動している人のいう事聞こう
・もしかしたら無駄かも知れないけど何か意味があるかもしれない
・何か一つやり切る経験をつけて自信がつけばいいな
・最初は「イヤイヤ」義務感でやっていたけど、自分で意味を考えてやっていたら「トイレ掃除も意外と悪くないじゃん」と気付く
・やり切った後には「うおおおお!できた!よし!変われた!」と実感がわいて行動するエネルギーがみなぎってくる
・自分では認識できない変なつまりがあったけどそれが取れたことが明確に実感できる
・このときの行動の話をすると大抵の人に「トイレ掃除172個はワロタw」と覚えてもらえるきっかけになる

自分には不可能だと思ったことをやり切る時に思ったこと

・今の自分にはできない…でもできてる人がいるなら…できる方法があるはず…と仮説を立てて行動するようになる
・当然、最初それをやるといった時はめちゃくちゃ怖くて足がすくむ。でもなんとかやり切れるようになる
・やる事を決めるのも大事だけど、弱い自分に勝ちたいなら「退路を断つ事」の方が圧倒的に重要だという事に気づく
・このころから自分の強みが「行動力にある」みたいな感じで自分の強みに気づけるようになる。
・やり切りまくった経験があるので自信が半端なくつく
・やり切っている姿に自信をもらいました!と感謝の声を頂くようになり、「この挑戦している姿勢そのものがめちゃくちゃ価値になるんだ!」という事に気づく
・自分ではできないと思っていたことができるようになった事に気づき「これから先、また同じようにできない事が起こっても頑張れば解決できるよな」と思えるようになる
・頑張り切った後の習慣化の大切さにも気づくようになる
・「いくら稼ぎたい」みたいな金額だけを目標に据えると燃え尽きやすいのであとあとめちゃくちゃしんどい事に気づく

あり得ないと思っていた行動がいつの間にか習慣化している

・もはや修行や日常で努力していることそのものがめちゃくちゃ楽しくなるし、
他の人が「あり得ない!」と思っている努力ですら歯磨き感覚でできるようになる
努力していてもまったく辛くないというのが当たり前になる

・他の人からも「何でそんな行動できるんですか?」と聞いていただけるようになるし、
それを教えたら人生が変わる人が続出し始める。自分の価値は行動することだし、その行動を継続できるようになるまでの過程そのものなんだ。という事に明確に気付くことができるようになる。なので生きている間試行錯誤したりすることそのものが価値になる状態

・自分に努力してできない事ってなんかあるんかな?大抵のことはできるよな…と実感できるようになり自分の年収が仮に「3億円になってるよ」と言われても何ら不思議はないし、
その目標を成し遂げるまで絶対に行動し続けている自信がある。今の自分にできるかどうか?自分が一回で色んなことができるようになるのかどうか?というのは基本的にどうでもよくて「できるまであきらめない。できるまでやり抜く」というのが当たり前になる

・できない事があって落ち込むことがあっても一秒で立ち直っているし、「今できない事はこれからできるようになるための伏線に過ぎない。僕が課題を認知した時点で解決確定。課題ありがとうございます」と思って日々過ごせるようになる。さらにもし仮にできない事があったら「これ乗り越える過程教えてあげたら誰か喜ぶでしょ!」と思うようになり、できない事に感謝するようになる。日常の全ての事が学びであり感謝の対象であるという事に気づく

・常に自分の人生がコントロールできている感覚があるので、常に自信がある状態になっている。3億稼げてるかどうか?という事よりも「3稼ぐまでの過程そのものが楽しい」と思っているのでいつの間にか達成しているだろうなという事に確信があるし、楽しいからむしろそれやっちゃう。みたいな感じ。クリアできる課題しか振ってこない人生になり、課題を解決する過程が面白いのでもはや人生がゲーム感覚

===

というのが僕の心境の変化

やればやるほど、行動すればするほどこうして学びがあるので、
人生は本当に面白いなと思う(まだ20代ですがw)

最後に…0.1%の可能性を信じる力

この記事でもお話している通り、
僕も最初から行動できたわけではないですし、
むしろ行動できなくてうつっぽい状況も多かったです

ただ、僕は1つだけ絶対に譲らなかったことは
「自分の可能性とできるようになる事だけはあきらめなかった。
0.1%でもよくなる可能性があるならその可能性に向けてもがいても走り抜けることにした」

これだけは貫いて来ました

そしたらいつの間にかできるようになる事も多かったし、
気づいたら「歯磨きくらい当り前に」行動できるようにもなったのです

これを読んでくださっているあなたが今どの段階にいるか?
は分かりませんが、

「あなたの今の問題は大したことない。というか何の問題もないですよ。
絶対に変われます」

という事はお伝えできるかと思います

むしろ、今苦しんでる事を乗り越えたら人生において語れることがどんどん増えて、
その挑戦の過程そのものが価値のあるものになったり、
生きてることすべて楽しんでいけるようになります

僕も今回の記事は「僕が苦しんできたこと」がたくさんあったから
書けた記事ですし、苦しんだことがなければ語れることも多くないのです

どうせ一回しかない人生です
今ある悩みを解決することを楽しんでやっていっちゃいましょう

それでは!最後まで読んでいただきありがとうございました

PS

こちらの記事いかがだったでしょうか?

また『感情保存』して自分の熱量を未来の自分に向けてどんどん残していきましょう!
限界突破コミュニティ(公式ライン)にて保存お待ちしております!

限界突破コミュニティでアウトプットして感情を保存する

感情保存についてわからない方はこちらの記事の最後
読んでみてください。感情保存について詳しく書いてあります

記事を読んで感情保存を勉強しにいく

PPS

次またおすすめの記事です

【浅草橋で日本一やり切れる作業会開催】元浅草ガチホームレスいさみさんが行動できるようになるまで

ぜひ読んでみてください!
内容めっちゃ濃いと思うので読みたい方は一気読み

もしちょっと消化しきれないと思ったら
1日1記事でいいのでしっかり読んでみてください

ではでは

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